新元号「令和」の時代が始まった春、保育園への送り迎え生活が始まりました。
はいはいする赤ちゃんたち、うららかな陽気、昼食のために引いているお出汁の匂い、おなじみの先生方や園児の声。
なにもかも懐かしく、また新鮮です。
そんな勝手知ったる園生活のはずなのに何だろう?何かが胸にひっかかるんです。
息子が6年間通った保育園だから間取りや構造はよく知ってるんだけど、1歳児クラスの教室の前を通るたびに、何だかドキッとするのですよ。
何だろう?とずっと探っていたのですが、このたびやっと原因がわかりました。
「罪悪感」です。
1歳時クラスに、息子がいたとき。
当時は夫が単身赴任で、復帰1年目は平日ワンオペ育児に慣れるのに精一杯。
復帰2年目はスタッフ職に異動になって、ちょうど夫も帰任して「やっと仕事できる!」と意気込んだ気持ちで臨んでいた頃でした。
時短勤務自体は1時間短縮にしていたものの、実際はお迎えを週4日以上お任せして夜は21時過ぎまで残業する体制。
当時はワーキングマザーは部内で2人目。働く母として頑張らなければという勝手な使命感も手伝って、夫に頼み込み、義実家と実家には「最初の半年だけサポートお願いします」という形をとっていました。
しかしながら、半年過ぎても帰りは早くならず。なんなら休日出勤(…無給)して平日の遅れの帳尻を合わせてた。
だからたまに1歳時クラスの部屋に行くたびに、強烈な罪悪感を、自動的に抱いてしまったんです。「ごめんね、ママ一番最後のお迎えで。ごめんね泣いてるあなたを放っておいて。ごめんね、いつもお迎えに来られなくて。ごめんね、ごめんね。」
そんな状態を続けて半年、普段あまり意見しない夫が言いました。
「あなたの会社は、妻であるあなたを通じて、夫である僕の時間を奪ってるんだけど、それ分かってる?」
ガツンと殴られたような衝撃でした。
もちろん義実家だけでなく夫にも頼ってたし迷惑かけていた自覚はあったけど、まさか当時は「夫の貴重な時間を奪ってる」という現実に、言われるまで気付かなかった。本当に。
あまりにも自分と自分の仕事でいっぱいいっぱいで、視野が狭くなってたし正直直視するほどの強さがなくて目を背けてたこと。余裕が無かったことに愕然としました。
当時の上司は「時短の女ではなく、フルの男が欲しかった」というスタンスで、自分はやってきたしあなたがたも当然できるよね?仕事が溢れたら残業でもなんでもして自分の分を終わらせてほしい、という考え方の人でした(直接その考え方を上司の口から聞いたことはないけれど部下として圧を感じた)。
もちろん私が「頑張ります!」と張り切っていたからこそ任せていたのでしょうが、当時の私は、上司の期待を裏切ったり、失望させることが心の底から怖かった。
その上司が、何度目かの面談の場で「本当に大丈夫か(やれるんだろうな?俺は聞いたからな)」といつも通り予防線を張ってきました。
それまではずっと「大丈夫です、やらせてください」と応えてきたけれど、そのときやっと、夫のその言葉がきっかけで喉から絞り出せました。
「無理です。家族も無理だといってます。」と。
後から振り返って思うのは、渦中にいるときは上司や同僚や仕事を怨むというより「こういうものなのだと飲み込むこと」があるべき姿なのだと思って我慢していたことです。
おととい締め切りの仕事をその日の定時終わりからしかやっつけられない現状、新入りだからと引き受けたり押し付けられた雑事、自分の能力や経験不足に起因する仕事の遅さ、旧弊的な価値観の上司、「自分の方が大変だ」とアピる同僚。
(なぜか男性社員は頼まれない)来客へのお茶出し対応が差し込まれて仕事を中断すること。
つまるところ、残業は能力不足を補うために自主的に行うものではなく、「上司が仕事のコントロールをした上で超過残業を認める」という原理原則がまったく自分の腑に落ちてなかったんですよね。
むしろ「残業をするのはひとえに自分の能力不足のせいだから、会社にそのぶんのお給料もらうのは恥ずかしいこと。だから実際の残業労働時間は過小申告すべき」とさえ思っていたんです。
途方もなくバカでした。
そのバカな自分の行いのせいで失ったのは、2歳の誕生日前後の10ヶ月間の息子との時間です。
もう泣いても叫んでも、取り戻せません。
時間を遡れないかぎり、あの頃の息子には二度と会えない。
喃語で話したり、自分の足で好きな方向に歩いて探索する姿、駆け寄って抱っことねだる姿。
今ももちろん息子は可愛いけれど、だけど叶うならあの頃の息子と存分に遊んで手を引いて歩って抱っこしてお風呂に入って一緒に寝てあげたかった。毎日。
たった10ヶ月間です。たった10ヶ月の自分の未熟さゆえの行いの罪悪感と後悔を、私は一生持ち続けて生きていきます。自分がしたことですもの。
10ヶ月間の仕事で得たものや恵みも多くありますし、今なら当時の上司の戸惑いや私に対しての配慮を理解できるような気もします。
でも願わくば、こういう後悔をもたずに済む人が増えますように。
祈りながら終わりにします。
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息子と娘への公開書簡01
息子と娘への公開書簡02