ブログサービスを利用するにあたり、完全な匿名とするか実名に絡めたものを使用するか迷いました。
結果として、(ご覧の通り)実名というか旧姓に近いものを採用し現在に至ります。
完全な匿名ではないので、見つけようと思えば知人や友人は愚か家族にも見つけられる可能性を孕んでいるのは理解した上で、です。
(本名と紐づいたFacebookや、半分匿名半分本名のTwitterに流入用リンク貼ってますし)
友人や知人はともかく、「子どもにブログ記事見てほしいのか」と言われたら、正直別に見なくてもいいし、むしろこそばゆいからやめてほしいというのが本音です。このブログで一番古いのは2009年の記事で、今見てもちょっと何言ってるか分かんないし、消せるものなら消してもいい。
しかしながら、今感じていることを感じたままに書きなぐって残しておき後から眺めるための方法でいうと、ブログサービスって結構アリだとも思うわけです。
ところで今。
MacBook Airを使ってタイピングしている今、小学校から帰ってきた長男君が3月にもかかわらず大好物のパピコを平らげ、冷えた手を温めようとして私の襟から手を差し入れ、しきりに首を触って暖を取ろうとしています。苦しい。
長女ちゃんは先ほど離乳食を食べ終えて、「あああゔぉ」「えいあああぁ」と声を張りながら、お兄ちゃんやママの方を見つめています。ハイハイ移動かわゆす。
2019年平成最後の3月である現在、新しい元号は発表されていません。
こんなに小さくふっくらほっぺだった愛子内親王は現在17歳。
賢く美しく成長あそばされています。
Time flies. 子どもの成長ってなんでこんなに早いんでしょう...。
突然ですが、私は正しい人間ではありません。
でも一つ誇れることがあるとすれば、自分で考えて自分で行動していることです。
何かを発信したり受信するとき、「誰が言ったか」と「何を言ったのか」どちらも大切だと考えています。でも、その時々で考えていることって揺らぐものだし「考えがまとまるまで発言してはいけないのか」といったら、そんなことはないとも思うのです。
だから、このブログではそういう自分の中で落とし込めていない=ゆらゆらした状態の考えも書くようにしています。
いつか、自分が見返したときにそれが力になることが分かっているから。
インターネットのテクノロジーでもって、私たちはとっても簡単に意見を述べることができるようになりました。
弱者やマイノリティが声をあげやすくなったとも言えます。
・日大ラグビー部の悪質タックル事件
・NGT48 山口真帆さんの告発事件
・東京医大が女子受験者の得点を一律減点していた事件
これら2018年におきた事件はすべて、未来から見たらとっても不思議な事件になっていることでしょう。女性や未成年という弱者が、みずから声をあげられるというのは、大きな流れの中で確実に時代を変えていくはずです。
だからこそ、母であり妻であり女性であり1人の人間として、思ったことを気ままに残していこうと思います。
息子よ娘よ、未来の君たちがこのブログをもし読んだとしても母をからかうなよ。
そしてできれば手を握って母の目を見てくれ。頼んだよ。